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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1199号 判決

控訴人

長岡ミツ子

控訴人

長岡寛俊

控訴人

月原恵美子

右三名訴訟代理人

河野曄二

被控訴人

伊藤和衛

右訴訟代理人

岡村勲

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  原判決別紙物件目録記載の土地につき控訴人らが囲繞地通行権を有することを確認する。

3  被控訴人は控訴人らに対し右土地上に存するブロック塀を撤去せよ。

4  被控訴人は控訴人らに対し右土地を通行することを妨害してはならない。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに3及び4項につき仮執行の宣言。

二  被控訴人

主文第一項同旨の判決。

第二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  請求原因の訂正、付加

1  請求原因7及び8項(原判決四枚目裏四行目から五枚目表一〇行目まで)の全文を次のとおり改める。

「7(一) 土地の分筆の経過、土地所有者及び借地権者の変遷は以上のとおりであるが、前記2の土地の分割賃貸のなされた昭和二五年当時における周囲の土地の状況は、原判決別紙図面(三)(以下、原判決別紙各図面を単に「図面」(一)ないし(四)として引用する。)表示のとおりであつて、三鷹市井の頭五丁目四八三番(以下、各土地とも地番のみで表示する。)の土地は、その東側のみが公道に面し、その余の部分は他の土地に囲繞されて公路に通じない状態にあつたところ、訴外及川昇(以下「及川」という。)及び控訴人長岡ミツ子(以下「控訴人ミツ子」という。)が賃借した図面(二)の②及び③の各土地(以下単に「②の土地」、「③の土地」という。)は、四八三番の土地の奥地にあたり、いずれも分割により生じた公路に通じない袋地となつたので、民法二一三条により、右②及び③の各土地賃借人たる及川及び控訴人ミツ子は、公道に至るため、四八三番の土地のうちの非賃貸部分を通行する権利を当然に取得したものであり、そのための通路としては、図面(二)の⑥の部分(以下単に「⑥の土地」という。)が、公道への最短距離であり、かつ、土地所有者の負担を最も少なくするものであつた。

(二) 当時すでに公布されていた建築基準法及び東京都の建築安全条例によれば、建築物の敷地に接すべき道路の幅員は、原則として四メートル以上なければならず、かつ、道路の進入部分には角切りを必要とするとされていた。そこで、及川及び控訴人ミツ子は、賃借当時、地主の訴外倉刀(以下「古賀」という。)との間に、右借地人両名の囲繞地通行権の範囲を⑥の土地の幅員約4.2メートルとすることに合意し、翌昭和二六年一〇月、右通路部分と地主の使用部分(図面(二)の①)との境界線上に生垣が設けられて通路の範囲が明確にされ、同三〇年ころ、通路入口部分北側に四メートルの角切りが設けられて、以後、この通路の状況が維持されてきた。

(三) 控訴人長岡寛俊(以下「控訴人寛俊」という。)は、前記5のとおり昭和三五年八月に③の土地の共同賃借人となつたことにより、右通行権を行使しうる地位を取得し、また、控訴人月原恵美子(以下「控訴人月原」という。)は、同四五年一二月に、前記6のとおり、及川からの譲受人である訴外土野信江(以下「土野」という。)から更に、②の土地の借地権を譲り受けたことにより、同人の通行権者たる地位を承継した。

8(一) しかるに、図面(二)の①の土地の譲受人である訴外松原建設株式会社(以下「松原建設」という。)は、前記4の宅地造成に際し、控訴人ミツ子、同寛俊、土野に無断で、前記7(二)の生垣を撤去し、通路入口の角切りを廃したうえ、⑥の土地に、入口部分において五二センチメートル、通路西端部分において二二センチメートル喰い込んだ地点に、新たにブロック塀を設け、右通路の一部を取込んで、これを侵害し、その後右通路入口部分北側の一画である四八三番三宅地を被控訴人に譲渡した。

(二) 右侵害行為の結果、⑥の土地の通路は、公道に接する入口部分の幅員が3.6メートルしかなく、かつ、角切りを欠いて、前記7(二)の法定の要件を充足しない状態となつた。」

2  原判決五枚目表末行目「満足させるために」の次に「は、右侵害状態を排除、回復する必要があり」と挿入する。

3  同六枚目表四行目「六センチメートル」を「一一センチメートル」と訂正する。

二  被控訴人の答弁の付加

1  原判決六枚目裏八行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。

「昭和二五年に②及び③の各土地が区分賃貸され、これによつて右土地自体が公路に通じない土地となつたとしても、四八三番の土地の非賃貸部分すなわち賃貸人が所有利用している部分は公路に接しており、この部分は、右②及び③の各土地の通路として十分な広さを持つた空き地であつたから、右各土地は、袋地ではなく、これについて囲繞地通行権は発生しない。このような場合には、賃貸人は、賃借人に対し、賃貸借契約に基づく賃貸義務の一内容として、残余地を右契約の目的に応じて通行させる義務を負うにすぎない。」

2  同六枚目裏九行目「事実中」の次に「松原建設が被控訴人に四八三番二の土地を譲渡したこと及び」を挿入する。

三  証拠関係〈略〉

理由

一〈証拠〉によれば、次の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  四八三番宅地五〇〇坪(1652.89平方メートル)並びにその北側に隣接する四八四番一宅地三四〇坪九合(1126.94平方メートル)及び同番二宅地九〇坪(297.52平方メートル)は、もと古賀の所有であつたが、昭和二七年二月一九日ころ、同人から訴外藤原明次郎(以下「藤原」という。)に、次いで同三〇年一月二六日ころ、藤原から訴外金指利明(以下「金指」という。)に順次売り渡され、金指は、同四〇年八月一一日、四八三番宅地を図面(四)の形状により同番一宅地三四一坪七合三勺(1129.68平方メートル)と同番二宅地一五八坪二合六勺(523.17平方メートル)とに分筆したうえ、そのころ、松原建設に四八四番一、同番二及び四八三番二の各土地(図面(二)〈省略〉の①の部分、三筆合計五八九坪一合六勺、1947.63平方メートル)を譲渡し、松原建設は、右三筆の土地をいつたん合筆したうえ宅地造成して分譲し、同四一年三月一四日ころ、右合筆後の土地から分筆された四八三番三宅地三四坪四合八勺(113.98平方メートル)を被控訴人に売り渡し、被控訴人は、現に右土地を所有している(金指から松原建設へ及び松原建設から被控訴人への各土地譲渡の事実並びに被控訴人の土地所有の事実は、当事者間に争いがない)。

2  他方、古賀は、昭和二五年中、前記分筆前の四八三番宅地のうち、図面(二)表示の⑤の土地を訴外外山貞男に、同④の土地を訴外藻利重隆(以下「藻利」という。)に、同③の土地を控訴人ミツ子に、同②の土地を及川にそれぞれ建物所有の目的で賃貸し、右賃借人らは、各賃借地上に建物を建てて居住していたが、そのうち、②の土地の借地権とその地上の建物は、昭和二八年七月ころ、土野が及川から譲り受け、また、③の土地の借地権については、昭和三五年八月ころ、控訴人ミツ子の長男の同寛俊が地上の建物に増築を施し、その階下を控訴人ミツ子、二階を同寛俊の各名義とする区分所有の登記をしたことから、右控訴人ら両名が共同賃借人となつた。そして、古賀から藤原を経て金指も、右各土地の賃貸人の地位を承継し、引き続き賃貸してきた。

3  金指は、昭和四二年五月二九日、控訴人ミツ子の長女の控訴人月原に四八三番一宅地(図面(二)の②ないし⑥の土地)を売り渡し、更に、控訴人月原は、同四五年一二月ころ、土野から、同人所有の建物を買い受け、その敷地である②の土地の借地権を消滅させた。

二〈証拠〉によれば、昭和二五年当時、四八三番宅地の西側及び南側は他人所有の土地に、北側は前記四八四番一及び同番二の各土地にそれぞれ接し、東側のみが公道に接しており(図面(三)参照)、四八三番宅地のうちの西部に位置する及川の賃借した②の土地及び控訴人ミツ子の賃借した③の土地は、公道に接しない土地であつたこと、そのため、賃貸人古賀は、右賃借人らに対し、②及び③の各土地から東側の公道へ至る通路として⑥の土地を使用することを承諾し、のちに⑥の土地とその北側の地主使用土地(図面(二)の①の土地)との境に竹垣を設け、南側の藻利の借地との境界に設けられた生垣とあいまつて、通路部分は明確にされそれぞれ通行路として使用させていたこと、このような状態は藤原を経て金指が四八三番宅地を譲り受けたのちにも維持され、金指が右宅地から北部を四八三番二として分筆した際にも、⑥の土地がおおむね四八三番一の土地に残るように(なお、この点は後述する。)分筆したこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

三控訴人らは、及川及び控訴人ミツ子が昭和二五年中に賃借した②及び③の各土地は公路に通じないから、右賃借地のため両名は、民法第二一三条により、四八三番宅地のうち⑥の土地について通行権を取得した旨主張する。

思うに、民法第二一三条第二項の規定は、公路に通じない土地の賃借人についても準用されるべきであるが、賃借土地部分それ自体が公路に通じない場合であつても、賃貸人所有の残余地を経て公路に至ることができるときには、賃貸人は、賃借人に対し、賃貸借契約に基づき目的物を使用収益させる義務の一内容として、右残余地を当該賃貸借の目的に応じて通行させる義務を負つており、したがつて、右賃借土地は袋地とはいえず、右規定による囲繞地通行権は発生しないものと解すべきである(最高裁判所昭和四三年(オ)第一二七五号・同四四年一一月一三日第一小法廷判決・判例時報五八二号六五頁参照)。

本件において、右二に認定した事実によれば、古賀は、及川及び控訴人ミツ子に②及び③の各土地を賃貸したことにより、右両名に対し残余の自己所有地を通行させる義務を負い、右義務の履行として⑥の土地を通行の用に供し、藤原及び金指も、賃貸人の義務を承継して、賃借人らに引き続き右土地を通行させていたものと認められるが、右に説示したところにより、賃借人らが右通行権をもつて民法第二一三条第二項に基づく通行権として取得していたものと解することはできない。

なお、〈証拠〉によれば、金指が四八三番宅地を同番一と同番二とに分筆し、後者と四八四番一及び同番二とをあわせた図面(二)の①の土地を松原建設に譲渡したのちにおいても、賃貸人金指の所有に残された四八三番一の土地は図面(二)の④⑤⑥の部分の東側において合計二〇メートル以上にわたつて公道に接していることが明らかであるから、右分筆譲渡の時点において②及び③の各土地が袋地となりこれにつき前記規定に基づく通行権が発生したものと解する余地もない。

そうすると、②及び③の各土地の賃借権者が囲繞地通行権を取得したことを前提とする控訴人らの主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当というほかはない。

四次に、控訴人らの相隣関係に基づく請求について判断する。

控訴人月原が四八三番一の土地を買い受けたこと、同ミツ子及び同寛俊が③の土地の賃借人であり、右土地から公道へ至る通路として⑥の土地を利用していることは前記認定のとおりであり、被控訴人が図面(一)のイ、ロ、ハの各点を順次結ぶ各線上にブロック塀を所有していることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すれば、分筆前の四八三番宅地のうち、⑥の土地の通路部分の北側に存する部分の東側公道に接する幅員は5.5間であつたが、四八三番二宅地として分筆された部分のそれは5.64間であり、他方、分筆前における⑥の土地の通路の入口の公道に接する部分は2.45間(4.45メートル)あつたが、現況では、この部分は約3.71メートルとなつていること、したがつて、四八三番二として分筆された土地は、従前の通路部分の一部を取り込んだものであつたが、右土地が図面(一)のイ、ロ両点を結ぶ直線よりも南側に及んでいる可能性はなく、少なくとも、控訴人主張のとおり右直線が四八三番二と同番一との両土地の境界であつて、前記ブロック塀は、右境界線に跨つて存在しその一部が⑥の土地側にはみ出している(ただし、越境部分の幅員を確定すべき証拠はない。)ものであり、その設置について、四八三番一の土地の所有者金指及び控訴人月原は承諾を与えていないこと、しかし、右ブロック塀は、松原建設が、土地買受直後の昭和四〇年一〇月ころ、分譲住宅の建築に伴つてその敷地の周囲に設置し、被控訴人が、四八三番三の土地を買い受けて以来、その境界の囲障として維持して今日に至つているものであり、控訴人らないしは金指、土野らの側においては、その設置の当初これについて異議を述べず、昭和四九年に至つて初めて、控訴人らが、被控訴人を相手として、その収去を求める調停の申立をしたこと、右ブロック塀設置後においても、⑥の土地の通路部分は、公道に接する部分が前記のとおり約3.71メートル、入口付近の幅員が3.65メートルであつて、日常の通行には何ら支障がないし、仮に建築基準法の定めに従つて通路を拡張する必要があるとしても、ブロック塀の越境部分(その幅員が控訴人ら主張のとおりとしても)を撤去するのみでは同法所定の要件を充足するには足りず、他方、入口部分南側の図面(二)の④の土地は、その賃借人藻利が設けた生垣によつて区画されて同人のための通路として使用されているので、控訴人月原が、賃貸人として、藻利との話合いにより、両者の通路を共同使用する等の方法によつて、必要な幅員を確保する余地があること、右ブロック塀上には一列に笠瓦があるが、広範囲の降水を集めて⑥の土地側に落下させる等、とくに右土地に実害を及ぼすほどの雨水を注瀉させるものではないこと、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人らは、本件ブロック塀の設置後異議がなく多年を経過したのちに、さほどの必要性もないのに、土地境界上の障壁の一部の撤去を求めるものであつて、控訴人らの請求は、権利の濫用として許されないものというべきである。

五以上の次第で、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は、いずれも失当であり、これを棄却した原判決は、結論において正当であつて、本件控訴は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(小河八十次 内田恒久 野田宏)

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